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次世代の会

真宗大谷派金沢教区第11組

次世代の会 第一回学習会報告書

学習会報告書

 

次世代の会 第一回学習会報告書

 

19:30 開会:同朋奉讃 (本堂)

19:45 開会のあいさつ:会長 (小部屋)

輪読会 テキスト『従属から帰命へ』(200円)

20:00 座談 (22:00まで)

参加者10名

 

輪読会 13/28頁

第二回テーマである「御遠忌とはなにか」を念頭に輪読し、話し合う

「御遠忌をお勤めする」ということ:

天皇行幸(ぎょうこう)に来る時に「あずま屋」を建て、何から何まで新調して丁寧に迎えをする。一つのお祭りのような騒ぎになる。それとこの御遠忌をお迎えすることとどこが違うのか。(テキスト4頁)

 

「御遠忌」という言葉の意味がいま一つはっきりしない

 

「帰属」していくのか、「帰命・帰依・南無」ということに立つのか、そこが大きな分かれ目になるのです。(テキスト5頁)

「帰」に「ぐ」という送り仮名をつけると「とつぐ」と読みます。

自分がどこかに所属していくことを「とつぐ」と言ったのです。

「属」という字は、上の「尸」は尻尾。「禹」は繋がるという意味がある言葉。(テキスト7頁参考)

 

「所属」し存在することが悪であるように伝わり、「所属」を名乗る自分がいて、

「帰属」ということが、いま一つはっきりしない。うけつけない。

 

「大小の聖人、重軽の悪人」(聖典189頁)

真宗聖典の確認。

 

(帰属という)もののしっぽにつかまっているようなあり方が、翻る時が

ある。(大震災の映像の)三階ぐらいのビルの屋上にいる人が、一生懸命に金網につかまっている人が大勢いたけれど、津波の方が高くて、そして津波が引いたらほとんど人が残っていない。そういう時に、善いとか悪いとか損とか得とか、そんな思いはみんな吹っ飛んで、誰しも日本中が「あぁー」といったんです。 (テキスト11頁参考)

 

「あぁー」という言葉の確認。「あぁ、そうか。」という感じより、「あぁー!」

という叫びのような言葉。自分はその日どうだったか。つきつめると、自分の

周りの人と同じように、自分のことではないと無関心であったような状態。

そんな悲しい自分。考えてみると「あぁー!」という感覚は共感できない部分があるのかもしれない。

 

偉い人がおったそうだから参拝しようと言ったら、天皇が来たのと一緒です。そうではなしに、我々の苦悩を、我々の迷いを、私たちに先立って命がけで苦労して、そこに本願の声を聞いてくださった。その一点において、私たちもまた顧みる場所をいただくことができるのです。そういう意味で七五〇回という。

いただき直していかなければならない再出発の時。(テキスト13頁参考)

 

浄土真宗仏教の教えを聞く、学ぶ、ということに希望がない。

(本を読んで)気持ちがよくなる教えではないように思った。

 

第二回学習会テーマ「御遠忌とはなにか」サブテーマ―前(さき)に生まれん者は後(のち)を導き、後(のち)に生まれん者(ひと)は前(さき)を訪(とぶら)え―サブテーマを発案した思いの確認

御遠忌というのは、「前(さき)に生まれん者は後(のち)を導き、後(のち)に生まれん者(ひと)は前(さき)を訪(とぶら)え」ということだと考えている。

 

第二回学習会は、講義の後、4つくらいのグループに分かれて感想を話し合う場を持ちたい。

 

第二回学習会案内 

11組次世代の会学習会|佐野明弘|誓海寺|石川県|浄土真宗の法話案内

 

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